嫌いだった自分の声。
こんな時間ですが、花愛です😊
きょうの記事。
わたしはもともと、接客を長い間して来て
「声を作る」とゆうことを自然とやってました。
理由は高い声の方が透明感があって、
聞き心地がよいのでは?
明るい印象を与えるのでは?
こんなイメージをもってです。
(接客に関する本もいくつか読んだことがある)
そして、生きていくうちに、
その明るい声はテンションそのものを
表しているような気がして、
地声、とゆうか、普通の気分の時も
相手に機嫌の悪さを印象で与えないように
声のトーンを上げて話してたんですよね
普通の気分の時の自分の声にジャッジ。
なんとなく違和感はあったものの、
そこにフォーカスすることがあんまりなかった。
時々兆しとして、地声で話す店員さんとかに
関心向けてた。素の感じが伝わってきて、
なんかいいな~ってゆうの✨
これは、接客の時に声を高くしなさいとか
どっちがいいとかそんな話のものではなく、
なんでわたし、わたしの地の声を許してないんだろう?
って、きょうの記事書いた後に
疑問に思ったんよね。
それで、録音してみました
自分の声を。
そしたら、やっぱ自分の体内で響く声よりも
断然高いし、悪い印象もうけなかった。
思い込みやったーーー🤣🤣🤣笑
家族、父の前では特にいまでも
高めに喋らないと!みたいな癖があったから、
意識的に地声で話すように。
じんわりだけど、心地がいい。
どんだけ、自分を着飾らないと
嫌われてしまうと思い込んでるんだろう。
またひとつ知ることが出来て
うれしかったー❤️
こんな時間だけど、お腹すいたから
おむすび作って食べて、父と音楽聴いたり
少しおしゃべりしたり。
喜び求めておむすび作ったら、
さらに幸せな時間を過ごすことが出来て
とっても嬉しい✨
死ぬその瞬間まで、ずっと「いまこの瞬間」
この数日ずっと湧いてくる言葉。
だったら、いつ、いまこの瞬間と言う
時間を味わうの?
自分の中ではっとして。
意識それても、戻ってくることの出来る言葉。
どんな感情もしっかり味わっちゃおう。
どんな思いもしっかり受け止めちゃおう。
それを出来るのはいつだって
この世界でわたしだけなんだ。